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屠殺のエグザ

第十二章第十話:僕 と 僕たち

「晶……」
「分かってる。大丈夫」
 心配そうなこよりを置いて、晶は一歩前に出る。宗一の手には〈神器封殺〉。晶の手には――〈エグザキラー〉。
「〈析眼〉だけの徒人が、何を。ましてやその〈神器〉にとって、この〈神器封殺〉は天敵だ。知らないわけじゃないだろう?」
 宗一が、嘲りを通り越して呆れた顔で肩をすくめる。誰の眼にも、無謀な戦いにしか見えないだろう。しかし。
「さあてな、それはどうか。戦闘経験って意味じゃ、俺の方が豊富だぜ、宗一君」
 「君」にアクセントを付けて、晶は挑発で返した。あくまで、余裕の態度は崩さない。圧倒的な差があるからこそ、呑まれればそれは死に直結する。少なくとも精神的には有利な位置にいる必要があった。
 宗一が、何もない天井を仰ぐ。挑発が効いている様子は、ない。
「ここはね、僕の庭なんだ。ここでは僕は、支配者だ。ここで戦うってことは、つまり――」
 最後まで聞いている余裕はなかった。反射的に左側面に晶が転がる。直後に響く轟音。晶がいた場所に、ガラクタが一斉に降ってきた。
「――僕に、支配されるってことだ」
 言葉の意味を理解する暇などない。半ば本能的に晶は宗一との距離を詰める。再び響く、背後での轟音。振り返る余裕は与えられていないが、確認するまでもないだろう。あれは、宗一の攻撃だ。
 懐に入る。この距離ならば、己を巻き込みかねないこの間合いならば、大雑把な攻撃は出来まい。
 一閃を見舞う。防御してくるかと思ったが、宗一は軽々と避けてみせた。背後のガラクタを、目標を見失った〈エグザキラー〉が砕く。
「遅いね、丸見え。そんな攻撃、当たるわけないでしょ」
 余裕の誇示だ。〈析眼〉の性能差は圧倒的である。だが、それは分かっていたことだ。
「本当は、あんたを吹き飛ばしてしまえば早いんだけどね。その左肩、姉さんにやられたね?」
 怪我の功名とでも言うべきか、晶はしばらく、〈対置〉効果が効かない。恐らくは唯一といっていいほどの、僅かなアドバンテージ。いや、マイナスをゼロに近付ける要素。
 まあいいけどね、と宗一が晶を睨む。その視線に違和感を感じ、晶は三度床に転がった。頭上を、背後から追い越す形でガラクタが飛んでいく。
「よく避けるね。感心するよ。もしかして天性の才能ってやつかな。ああ、ますます殺したくなってきた」
 体を起こし、晶は宗一を睨める。ここに溢れるガラクタを使った、〈移動〉による攻撃。それは分かる。だが。
 やや小さめのガラクタがいくつも、宗一の周りでふっと浮き上がる。それは順に、晶の退路を断つような軌道で飛来した。ひとつを避け、ひとつは斬り、退路を無理矢理作っていく。その動作の隙間に滑り込ませるように、鉄パイプのような棒状の凶器が晶の心臓を狙った。間一髪、体の軸をずらしてこれも回避する。
 ――やっぱりだ。
 宗一は一度も、周囲のガラクタに手を触れていない。
 〈対置〉効果は全て、対象に手を触れなければ発動しない。たとえ〈変成〉持ちの〈析眼〉、〈複製〉持ちの〈換手〉を持っていたとしてもだ。その絶対のルールを、眼の前の宗一は無視している。手を触れることなく、好きな物体を好きなように〈移動〉させている。
 まるでこの場の、支配者のように。
「くそっ、好き勝手!」
 毒づくが、それでどうなるわけでもない。視界外からの攻撃を避けるのは至難の業だが、恐らく一度でも当たれば致命傷だろう。ガラクタによる攻撃は既に七度。まだ避け続けていられるのは、僥倖という他ない。
 それだけでなく、間隙を突いて反撃すら試みていた。一度たりとて当たらずに、その背後のガラクタを傷付けるだけに終わっていたが。
「なるほどな、読めたぜ、宗一君」
 追い付いては離され、を繰り返し、周囲のガラクタは既に粗方傷だらけだ。
「お前、このフロア全体を〈絶対領域〉にしているな?」
 〈絶対領域〉。〈エグザ〉が固有する、本質を常に把握している領域。〈絶対領域〉に置かれた物体に関しては、手を触れることなく、〈対置〉効果を発揮することが出来る。
 宗一が、ニヤリと笑った。
「ご名答」
 だが、このフロア全体となると、かなりの広範囲だ。これだけの空間を把握可能となると、宗一のキャパシティは並の〈エグザ〉と比べて抜きん出ているということだろう。
「さてと、いい加減遊ぶのはやめないと。僕もね、このくらいであんたが死ぬとは思ってないし」
 言い終えるか、言い終えないか。宗一のが初めて、晶に向けて踏み込んだ。攻撃は払いではなく、刺突。晶は皮一枚の距離でこれを躱し、回避の踏み込みを反撃の踏み込みとして利用する。若干詰まり気味の間合いで、がら空きの胴に〈エグザキラー〉を叩き込んだ。直後、頭上から降ってくるガラクタ。晶はそのまま右前方に跳び、宗一との距離が再び開く。宗一は踏み込み、〈神器封殺〉を振り下ろした。晶が躱す。受ければ、もう〈エグザキラー〉を使えなくなるのだ。避けるしかない。回避行動に合わせて降ってくるガラクタを、そこまでの予測をしていた晶が斬り払った。両断され、落ちる破片。
「いつまで続けられるか!」
 感じる違和感。見上げると、頭上に展開された、十二本の〈神器封殺〉。
 ――〈複製〉したか!
 それらが一斉に、落ちてくる。回避など、出来ない。
 鋭い呼吸、躊躇いなど微塵も感じさせない一閃が、十二本の〈神器封殺〉を薙いだ。散る火花、そこへ猛然と斬りかかる宗一。
 鈍い音が響いた。
「……どうして」
「ちょっと考えれば分かるだろ」
 〈神器封殺〉を受け止める晶。その手に握られているのは〈エグザキラー〉ではなく、折り畳み式のロッド。
「まさか、姉さん!?」
 宗一は晶から離れると、こよりの方へ振り返った。
 ガラクタの中に立つこより。その手には、黄金の剣、〈エグザキラー〉。
「ごめんね、宗一。でも、こうするしか」
 こよりの手が持ち上げられる。鋭い斬撃が空気を裂き、ガラクタを砕いた。
 こよりが、晶の戦闘に協力した――宗一が、憎しみに満ちた眼で晶を睨む。
「姉さんに何を吹き込んだんだ、晶っ!」
 激昂する宗一。殺意が、集中する。
「こんなことするはずがないんだ、姉さんが。姉さんは、僕の、僕たちは、ずっと、ずっと、ずっと!」
 晶は、構えを解いてゆっくりと歩いていく。
「もう眼を覚ますんだ、宗一君。もう戦わなくていい。もう憎しみ続ける必要なんてないんだ」
「うるさい、黙れ!」
 徒人が。この苦しみが分かるものか。僕たちの苦しみが。
 宗一が、哭く。
「あんたを殺す! そしてこの悪夢を、悪夢を生み出すこの世界を、終わらせる!」
 宗一の手が、動いた。

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