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屠殺のエグザ

第九章第七話:禍根 と 災禍

「それはしまってくれないか、〈屠殺のエグザ〉」
 こよりと〈浸透者〉、睨み合う両者の間に、低い声が割って入った。
「君の〈神器〉は強力すぎる。私の〈神器〉まで無効化されてしまうだろう?」
 続き響く声に、こよりは身を固めたまま素早く周囲の気配を探った。晶ほどの〈析眼〉を持っていなくても、〈神器〉の存在による空間の異常は察知出来る。間違いない、この〈神器〉は。
「〈血の裁決〉……ラーニン=ギルガウェイト」
「ご名答」
 ゆっくりとした足取りで、ラーニンが瓦礫の陰から現れた。先ほどの戦闘によるダメージが抜け切っていないのか、動きがやや重い。
「〈血の裁決〉、そいつは返依せない。〈対置〉効果による存在位置の矯正を、〈変成〉して無効化してしまう」
 こよりに対して背を向けるラーニンに敵意は無いと悟ったこよりは、だが彼に対する警戒も解かずに固い声で言った。
「承知している。お前たちのせいでこうなった、とも思っていない。むしろ驚いているくらいだ。〈協会〉の〈エグザ〉が全滅したほどの相手に、よもや〈対置〉を行うとはな」
「〈血の裁決〉、今はあなたとのんびりおしゃべりしている時間は無いの。そこをどいて」
 こよりの、心まで凍えそうな冷たい声に動じる様子も無く、ラーニンは問う。
「この〈浸透者〉を、殺すつもりか」
  こよりは答えない。答える必要など無い。手にした〈エグザキラー〉が、何よりの証拠だ。刃が触れた対象に対して三十分間、全ての〈対置〉効果を無効にする 〈神器〉を持ち出した目的など、考えるまでも無いだろう。ダメージを修復する能力が〈変成〉である以上、〈エグザキラー〉で無効化出来るが、代わりに相手を返依すことが出来なくなる。それを良しとするのは、最初から相手を殺すつもりでいる場合だけだ。
「殺せばどうなるか、考えなかったわけでもあるまい?」
「だから何」
 一歩、こよりはラーニンの背に近付いた。
「他に解決策が無いなら、あとは誰がやるか……それだけでしょ?」
 その責は全て負う。こよりの言葉は、つまりはそれを意味していた。
「その通りだ、〈屠殺のエグザ〉。――だからこそ、それをしまってくれ、と言っているのだがな。不用意にそんなもので斬りつけられたら、〈断罪剣〉が鈍(なまくら)に成り下がる」
「まさか……〈血の裁決〉……」
「なに、お前ほどでは無いがな、〈屠殺のエグザ〉。私もこれでなかなかの悪党だ。何しろ〈執行者〉という名の〈エグザ殺し〉なのだからな」
 答える言葉は自嘲的に、ラーニンはその手の〈断罪剣〉を構える。
「下がっていたまえ。お前が手を出すことは許さない。――これは〈協会〉の仕事だ」
 低く構えるラーニン、呼応するかのように低く唸る〈浸透者〉。突然の闖入者にも動じず、新たなる敵を睨みつける。無尽に伸びた腕が、ゆっくりと持ち上げられた。ビルの屋上から、〈浸透者〉が。
「さあ来い〈浸透者〉。私は手負いだ。――遠慮は要らんぞ!」
 ラーニン目掛けて、襲い来る。
  数十メートルの高さから迫る巨体の迫力に怯むことなく、ラーニンは地を蹴った。落下中は回避行動を取れない――それを知っているからこその、動き。一薙ぎ、眼の前を塞ぐ腕を一閃に斬り払う。数ある〈神器〉の中でも重量級に分類される〈断罪剣〉を軽々扱うその様は、眼前の巨大な〈浸透者〉と比べてもなお勝るとも劣らぬほどの威容。巨躯なる両者が、対峙する。しなやかな腕を突き伸ばす〈浸透者〉、僅かに首を曲げ紙一重にそれを避けるラーニン。視界の端を通過していく腕の下から、潜り込むように低くした姿勢から、あらん限りの力で、ラーニンは〈断罪剣〉を横に薙ぐ。
 が、届かない。〈浸透者〉は伸ばした腕を地に突き付け、体が落ちる軌跡を変更した。〈断罪剣〉が空を斬る。僅かに乱れるラーニンの姿勢、それを狙う〈浸透者〉、背後から迫る〈浸透者〉の腕、〈エグザ〉の〈析眼〉に視界外を知る術は無い。
 嫌な音が、響いた。
「……どういうつもりだ、〈屠殺のエグザ〉。それに――」
 ラーニンへと突き刺さるはずだった〈浸透者〉の腕。それは数十センチ手前で、こよりのロッドに遮られていた。
「あなた一人で倒せる相手だと思ってるの? 傲慢にもほどがあるわ、〈血の裁決〉」
 晶が〈変成〉を施しているとはいえ、ロッド一本で支えるには厳しい。ロッドが軋む音がラーニンにも聞こえる。
「チャンスは一度だけ。確実に決めて」
「チャンス……?」
 こよりの答えを待つ間もなく、必殺の一撃を外した〈浸透者〉が、二撃目を繰り出す。
「オッケーだ、真琴! 行け!」
 晶が叫び、手元にある一抱えほどの大きさの瓦礫を〈変成〉、運動エネルギーとベクトルを書き換え吹き飛ばした。
 腕がラーニンに到達するまでコンマ七秒、真琴からラーニンまで約十五メートル。その十五メートルを。
「間に合いますよー私は」
 コンマ五秒で詰め、真琴がラーニンに触れる。
「〈対置〉です!」
 真琴の視線は〈浸透者〉の背後。ビルを背に立つ〈浸透者〉の頭上を越えようとしている、晶が飛ばした大きな瓦礫。
 白光、刹那に、ラーニンと瓦礫は〈対置〉された。
「む!」
 突如〈対置〉されたラーニンは面食らい、しかし次の瞬間には与えられた一瞬の機会に対応する。飛ばされていた瓦礫と〈対置〉されたラーニンは、今まさにビルの壁に激突する直前。ラーニンは巨躯を器用に捻り、迫るコンクリートの壁を蹴り飛ばす。
「感謝する!」
 飛ばされた勢いをそのまま〈浸透者〉に叩きつけるかのように、ラーニンが背後から〈浸透者〉に迫った。
「〈神器・断罪剣〉! ――断たせてもらおう、その禍根!」
  刃が触れた対象の硬度を〈変成〉し、どんなものでも両断する〈神器〉。ラーニンが持つ〈断罪剣〉は、まるでチーズのように〈浸透者〉を袈裟に斬った。直後響いた咆哮は、断末魔の声を上げることすら許されなかった〈浸透者〉のものではなく、自ら禁忌を犯すことを選択した〈血の裁決〉のもの。
 災禍は、一応の決着を見せた。

「さて、」
 発したのはこより。警戒を解かぬ硬い声で、その真意を問う。
「説明してもらおうかしら。一体どういうつもり?」
 問われたラーニンは、こよりとは対照的に静かに笑って見せた。
「なあに、他意は無いさ。言っただろう、これは〈協会〉がなすべき仕事だと」
「でも」
 真琴が、晶の後ろから顔だけ出して尋ねる。
「たとえ他に手段が無くても、〈浸透者〉を殺したあなたは大罪人です。今回は被害規模が大きいですから考慮はされると思いますけど、何らかの処分は覚悟しなきゃなんじゃないですか?」
「私は、自分が今すべきことをしたまでだ。下される審判は甘んじて受ける。――それよりも、問題はこれからだ」
 〈浸透者〉を倒してしまった以上、〈此の面〉と〈彼の面〉の歪みは加速される。懸念されるのは、その歪みから現れる、新たな〈浸透者〉だ。
「〈析眼の徒人〉村雨晶の〈変成〉を用いれば、この歪み自体は何とか出来るだろう。時間はかかるだろうが」
「何とかなるのか?」
 晶の問いに、ラーニンは厳しい顔で頷いた。
「すぐには無理だがな。済まないが、力を貸してはもらえないだろうか」

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