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屠殺のエグザ

第八章第三話:神器 と 職人

 買い物がしたい、という提案は、こよりから為された。
 こよりが晶の家に泊まりこむようになってだいぶ経つが、未だ村雨家にはこより用の生活雑貨が無い。食器にしてもタオルにしても、全て来客用の物だ。いくら何でもそれはあんまりだ、という言い分だが、それはつまり「まだ居座りますよ」という意思表示に他ならない。恐らく、彼女と出会った頃の晶ならば即時却下していただろう。こよりを知り、こよりに惹かれ、こよりを守ると誓った、今でなければ。
 かような経緯により、二人は街へ出ていた。

 偶然の出会いは、粗方の買い物を終えた時だった。晶の手には大量の荷物が持たされていたが、もちろんばっちり〈変成〉してあるので、重さなど無いに等しい。故に人ごみにも関わらず危なげなく歩けるわけだが、そういうある種の異様を目ざとく見つけたのは真琴だった。
「あ、晶先輩。それにこより先輩!」
 しかし小柄な体躯が災いしてか、二人からは声こそ聞こえど姿は見えず、辛うじて人の隙間から振られている手が見えた程度だった。
「もしかして、真琴ちゃん?」
 こよりが返事をしながら素早く〈析眼〉を開いた。物質の本質を見抜く〈析眼〉ならば、僅かな情報からそれが誰であるかを知ることが出来る。
「はい、そうで……うわぷ、わぷぷ!」
「……何か溺れそうになってるぞ……」

 無事に真琴と合流を果たした二人は、とりあえず場所を変えることにした。このままでは冗談抜きで真琴が流されていきそうだったし、喧騒の中ではあまり声も聞こえない。通りから外れた場所に設けられた、広場というには些か狭い一角に腰を落ち着ける。小さいながらもテーブルとベンチも据えられていて、休憩所のようになっている場所だ。息も絶え絶えになっている真琴に、晶はとりあえず手持ちの荷物の中からジュースを一本、掴んで渡す。それを一気に飲み干した真琴は、ようやく人心地付いたという様子で大きく息を吐いて見せた。
「うー、人ごみは苦手です……」
「そ……そうだろうな……」
 こよりも小柄だが、真琴はそれに輪をかけて小さい。晶と並んで立てば、頭が胸の位置どころか腹の位置にきかねないサイズだ。あれだけ人出があれば、下手をすれば誰にも存在自体気付いてもらえないかもしれない。
「でも、まだまだ成長期です! これから大きくなるんです!」
 ぐっ、と握りこぶし。何となくの勘だが、多分家では毎日牛乳を二リットルとか飲んでいるに違いない。
「ところで、お二人は買い物ですか?」
「うん。私のを、ちょっとね。いつまでも彼の家のを借りっぱなしじゃ悪いし」
「……買ったのは俺の金なんだけど……」
「真琴ちゃんも買い物?」
 あっさりスルー。いい加減晶も慣れてきたので、噛み付くだけ無駄だということは既に悟っている。それよりも、これをネタに後でどう借りを返させるか考えた方がずっと生産的だ。
「あ、いえ。ボクは今日の下見を」
 真琴の返事に、二人はああ、と頷いた。
  〈疾風の双剣士〉荻原真琴。先日の事件で共闘し〈浸透者〉を倒した〈エグザ〉で、今のところ〈協会(エクスラ)〉所属の〈エグザ〉の中では唯一のこよりの 味方。まだ中学生で、〈エグザ〉として活動を始めたのは一年くらい前だそうだ。駆け出しの〈エグザ〉には強力な〈浸透者〉の相手は難しいので、今は比較的弱い〈浸透者〉を返依しながら実力を付けているのだという。
「確かにまだ腕も無いのですが、やっぱりもっと強い〈神器〉が欲しいですよねー。〈SHDB〉だと限界があります。ここはひとつ、名匠の〈神器〉を手に入れる努力を……」
「じ、〈神器〉の名匠とか、いるんだ」
 晶はまだ、〈神器〉がどういう物かをよく知らない。武器に〈析眼〉や〈換手〉の機能を模した〈対置回路〉を組み込んだ、特殊な機能を持った武器、という程度か。
「もちろんいるわよ。けど、〈神器〉職人なんて限られてるけどね。〈変成〉持ちじゃないと〈対置回路〉も生成出来ないし、その〈変成〉だって、かなりデリケートな操作が要求されるから、人によって向き不向きがあるって話よ」
「へぇ……」
 その職人の中でも特に優れた〈神器〉製作者、名匠と呼ぶに相応しい人がいるのですよ、と真琴が続けた。
「たとえば、先日お話にも出ました〈急進の射手〉さんが所有する〈アトラーバオ〉。これは弓型〈神器〉製作のトップと称される天才、瑞希=ラングバートさんが 作ったんです。彼女の作品には、他に〈一矢三破弓〉や〈リターニングアロゥ〉などがあるのですが、いずれも高い評価を得て、確かな実績を残しています」
「へ……へぇ……」
 〈神器〉の話になると、途端に眼を輝かせる真琴。晶が思わずこよりに視線をやると、こよりは苦笑いをしながら首を振っていた。どうやら、真琴はかなりの〈神器〉マニアらしい。
「でも、やっぱり世界最高峰の〈神器〉製作者と言えば、グラック=ラバロン氏ですよね! 中でも世界最強と謳われる一連のシリーズ作品は、ある意味で〈エグザ〉の存在価値そのものを消しかねないほど強力な武装なんです。それらは特に『グラックの五大〈神器〉』と呼ばれていて、その全てを揃えた者はどのような 敵にも決して負けないとさえ言われているんですよ。確か、一つ目は〈対置――」
「真琴ちゃん!」
 こよりの鋭い声が、真琴の言葉を遮った。
「〈神器〉の話は置いといて、今真琴ちゃんが追っている〈浸透者〉って強いの?」
 こよりが多少強引に変えた話の矛先だが、真琴は特に気にするでもなく答えた。
「そうでもないですよ。少なくとも、前みたいにお二人の手を煩わせることはありません。それより……」
 真琴は周囲を窺うような素振りを見せた後、身を乗り出し気味に、声を潜めて話し始めた。
「〈協会〉に属していないこより先輩の耳には入っていないでしょうが、この街にかなり強力な〈浸透者〉が現れたって話です。既に何人もの〈エグザ〉が対処に赴きましたが……返り討ちに遭ったりして、何人かは命を落としています」
  晶もこよりも、真琴が告げた事実に息を呑んだ。そのような危険な敵に送り込まれる〈エグザ〉だ、弱いわけが無い。にも関わらず何人も殺されているという事実は、恐らく想像するよりも遥かに強い〈浸透者〉が表出していることを示していた。そして少なくとも晶にとっては、人の死という現実は重たすぎる。
「返依せないまま時間だけが過ぎて、そろそろ浸透度も上がって完全に表出する頃なのです。〈協会〉も頭を抱えているっていう話ですよ」
  その先は、もう言われなくても晶は理解出来る。完全に表出してしまえば、〈浸透者〉は〈エグザ〉以外にも影響を及ぼすようになってしまう。一般人が多くいる街中で――いや、たとえそうじゃなくても、多大な被害が出ることは間違い無い。今よりもっと沢山の人が傷付き、死んでしまう。そして〈彼の面〉へ戻れない〈浸透者〉は両世界のバランスを崩し、それが積み重なれば世界自体が崩壊する。そんなこと。
「……放って、おけない、よな」
 晶が呟き、こよりが頷く。〈協会〉も対処に乗り出しているのなら、〈執行者〉や零奈に鉢合わせる可能性も高いし、そうでないにせよこよりの情報が〈協会〉に渡ることは十分に考えられる。
「でも、今は保身を考えていられる状況じゃない。……壊したくないもの、この世界を」
 こよりの言葉に、真琴は嬉しそうに頷いた。
「大丈夫です。何かあっても〈協会〉はボクが押さえますから!」
「……期待しないでおくよ」
 真琴が立ち上がり、それに倣って二人も席を立つ。
 三人は互いに眼を合わせ、頷き合った。

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