インデックス

他作品

ランキング

屠殺のエグザ

第七章第四話:役割 と 分担

 日は暮れた。
 夕方に下見をした時に打ち合わせた通り、三人は問題のエリアにほど近い交差点へ集まった。こよりはいつものように桜色のロング コートを羽織り、普段は二房に分けている後ろ髪を、左斜め後ろで一つに束ねている。晶も動きやすい服装だが、今日は今までとは違って武器を携行している。 中学校の修学旅行で友人が面白がって買った、玩具のような短い木刀だ。全長六十センチ程度なので持ち運びしやすく、もちろんすぐに折れたりしないように 〈変成〉が施してある。最早一端の鈍器だ。
「〈屠殺のエグザ〉さんの戦闘服姿、初めて見ました。カッコいいです」
 比較的厚着なこよりとは対照的に、真琴はかなりの軽装だった。襟の大きく開いた半袖のシャツに、袖の無い独特な形のシャツをもう一枚重ね着している。こよりと違いショートパンツを履いているあたり、立ち回りのしやすさを最優先しているのだろう。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私は倉科こより。彼は村雨晶よ」
「倉科先輩に、村雨先輩?」
「名前でいい。ところで真琴の武器は何なんだ?」
 もう日付が変わろうかという時間だ。近くに民家の乏しいこの場所では、もう人通りもほとんどない。〈浸透者〉の潜むエリアに近いこともあって、晶もこよりも武器を準備しているのだが、真琴だけ何も手に持っていなかった。
「ボクは双剣使いですよ。でも今回は『追い込み役』ですから、〈浸透者〉を閉じ込めるまでは、武器を出さずにいきます。機動力第一、です」
 真琴の言葉に、晶の顔が引き締まる。そうだ、今から始まるのは、晶にとって初めての「作戦行動」なのだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
 こよりの声に、二人は頷いた。
「状況、開始!」

 声と共に三人は一斉に駆け出した。方向は皆バラバラ、こよりは幹線道路に沿って、晶はこのエリア唯一の高層マンションへ、そして真琴は〈浸透者〉の気配の元へ。三人はそれぞれ走りながら、真琴から渡されたインカムを着けた。
『あー、テステス。こちら荻原真琴。聞こえますかー?』
「ああ、聞こえてる。しかし凄いもの持ってるな」
 答えながら、晶はマンションの階段を駆け上がる。普段なら歩いて登っても辛い階段だが、〈析眼〉の効果でほとんど疲労することなく最上階まで辿り着けた。
『ふふ、便利グッズは沢山持ってます。ところでどうですか晶先輩、見えますか?』
 晶はマンションの廊下から下を見下ろした。さすがに街全体が一望出来るほどの高さは無いが、それでも下にいるよりもずっと視界が広い。晶はマンションの外周に設けられた廊下を回りながら、〈析眼〉を凝らした。
「この位置から北北東百メートル付近に空間の歪みが見られる。動いてない。北東位置から回り込んで追い立てろ」
『了解です!』
  この作戦で、晶はレーダーの役割を与えられていた。この近辺で最も高い位置を確保し、高精度の〈析眼〉を生かして空間の歪みから〈浸透者〉の位置を割り出 し、下にいる真琴に伝える。追い込み役の真琴はその情報を聞きながら、こよりが控えている工場のひとつに〈浸透者〉を追い込み、逃げられないようにする、 という作戦だ。
「真琴、〈浸透者〉が気付いた。北西方向へ逃げている。ちっ、――真っ直ぐ追わずに、その距離を保ちながら北西方向へ進め。いずれ南下を始めざるを得なくなる」
 晶の読み通り、〈浸透者〉は南西方向へ進路を変えた。やはり〈浸透者〉は、真琴との距離を離したいようだ。
「よし、そのまま真っ直ぐ追え!」
 晶は指示を出すと、マンションの反対側へと駆け出した。そのままの進路で行けば、〈浸透者〉はこのマンションのすぐ近くを通るはずだ。しかし、晶がいた場所からでは見えない。
 程なくして、〈浸透者〉が道路を駆けているのが見えた。大きさは人間と同程度、しかしやたらと長い手足に、尻尾のようなものまで生えている。その姿はどちらかと言えば、猿に近い。
 晶はポケットから小さく切った紙をいくつか取り出すと、その紙切れを〈変成〉した。質量は千倍以上に、硬度は鋼鉄と同程度に。
 風の向き、強さ、距離、〈浸透者〉の速度、すべてを同時に〈析眼〉で視る。真琴が後ろからの追い立てならば、晶に与えられたもう一つの役割は。
「さて……上手く逃げてくれよ!」
  晶は、手にした紙切れを投げる。紙切れは弧を描きながら、寸分違わず〈浸透者〉の右側面ぎりぎりに落下した。アスファルトに直撃した紙切れは、金属並の硬 度のためか火花を散らす。身の危険を察知した〈浸透者〉は、即座に左側へと進路を変えようとした。しかし、そうはさせじと第二・第三の攻撃が上から降り注 ぐ。右も左も封じられ、後ろから追い立てられる〈浸透者〉は、ただ前進することしか逃げる道は無くなった。
「こより、もうすぐそっちに行くぜ!」
 右へ左へと紙切れを投げて〈浸透者〉の進路を微調整しながら、晶はインカムに向かって叫んだ。目論見通りに工場の中へ逃げ込んでくれれば、勝ったも同然である。
 〈浸透者〉にしても、頭上から降り注ぐ攻撃は目障りで仕方が無い。ちょうど眼の前に現れた建物の中に逃げ込もうと考えたのは、当然だった。
 頭上からの攻撃を避け飛び込んだ、暗い工場。背後で閉まる扉の音。〈浸透者〉が振り返ると、そこには、

 剣を手にした少女が立っていた。

「待っていたわよ、〈浸透者〉」
 カッ、という音と共に、照明が点けられる。桜色のロングコート、斜め後ろで一つにまとめた栗色の髪。暖色の光を反射し輝く、一振りの剣を持つ少女、〈屠殺のエグザ〉倉科こより。
 嵌められた――そう悟った〈浸透者〉は、背後にあるもう一つの扉へ眼を遣った。しかしそこに立っていたのは、先ほどまで自分を追っていた〈エグザ〉。〈疾風の双剣士〉荻原真琴。
「もう、逃がさないですよ!」
 真琴は、手近にあった鋼のパイプを二本、手にした。逃がしはしない、今度こそ。ありったけの力を込めて、真琴は叫んだ。
「来い、〈神器・SHDB〉! 〈対置〉!」
  両の手から迸る閃光、常に本質を把握出来る〈エグザ〉固有の閉鎖空間〈絶対領域〉へのアクセス、保管されている己が〈神器〉と、手にしたパイプを〈対置〉 する。現れたのは、刃渡り四十センチほどの白銀の双剣。真琴はその〈神器〉を器用に手のひらで回し、逆手に持ち替えた。
「今度こそ……返依してあげますっ」
 手にした双剣を胸の前で交差し構える。〈エグザ〉二人に挟まれ、〈浸透者〉は喉の奥からキィと高い声で唸った。
 じりじりと、二人が〈浸透者〉との距離を詰める。〈浸透者〉は、しばらく交互に二人の顔を見ていたが、
「――!」
一 瞬、まっすぐにこよりの顔を睨んだかと思うと、飛び掛るようにこよりへと突進してきた。〈浸透者〉の、しなやかな鞭のような腕の攻撃を、こよりは剣で受け ずに脇へ退くことで避けた。後ろ足の筋肉の収縮、重心の移動、〈析眼〉が捉えたそれらの情報から、自分へ飛び掛ってくること自体は予測出来たものの、移動 速度そのものにこよりの反応速度が付いていかなかったのだ。紙一重で〈浸透者〉の攻撃をかわしたこよりは、回避行動によって引かれた右手――こよりでも片 手で容易に取り回せる剣を、〈浸透者〉へ向けて突き出す。しかし、こよりの右腕が伸びきる頃には、〈浸透者〉はその剣先より遥か先の地面へ着地していた。
「そこっ!」
 その時真琴が、〈浸透者〉の着地地点へ向けて、工場の二階部分から飛び降り攻撃を仕掛ける。その双剣で、夜の空気を引き裂きながら。

ページトップへ戻る