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屠殺のエグザ

第七章第七話:孤独 と 仲間

 並んで歩く二人の前を、真琴が跳ねている。彼女から依頼のあった〈浸透者〉退治の仕事は、これで終わりだ。先日こよりと戦った〈浸透者〉とは、また別の意味で手強い相手だったが、怪我人が出なかったのは幸いだろう。
「嬉しそうね、真琴ちゃん」
 こよりが、満面の笑みでくるくる回り続ける真琴に声を掛ける。
「はい、そりゃあもう! 長年争い続けた宿敵を返依せたのですから、嬉しいですよ」
 長年というのは大袈裟だろう、という突っ込みをする気には、晶はなれなかった。彼もまた、今日の戦いには充実感を感じていたからだ。
「上手く作戦が嵌ったから、かな。さすが素が腹黒いだけあって、策士だなこよりは」
 晶のからかいに、こよりは「なんだよー」とむくれたが、すぐに神妙そうな顔になって呟いた。
「でも……危ないところだった。私の判断が遅れたせいで」
 真琴がこよりに〈対置〉を求めた、あの時。
「もしかしたら、真琴ちゃんが傷付いていたかもしれない――殺されていたかも、しれない」
 こよりの頭には、最悪の光景が見えているのだろう。きゅっと眉根を寄せ、ふるっと身体を震わせた。
「ちゃんと〈対置〉してくれたんですから、大丈夫ですよー。それにボクは、そう簡単にはやられません」
 真琴がニカッと笑って、右手でピースを作ってみせる。何となくだが、多分真琴にこよりをフォローしようとか、そういう考えは無い。きっと本心なのだろう。
「それにしても、珍しいよな。お前がああいう状況で判断遅れるなんてさ。戦闘中の直感は凄いのに」
  晶でさえ咄嗟に考えた「人と物との〈対置〉」を、こよりが思い付かなかったというのが、どうにも晶には解せなかった。ましてや、真琴から要請があったにも かかわらず、それが何を意味するかピンと来なかったなんて、後から聞かされたのだとしたら絶対に信じないような出来事だ。
「私は……ずっと独りで、戦ってたから」
 困ったような顔で、自嘲的に笑うこより。彼女が元いた世界〈彼の面〉では〈浸透者〉を殺め続け、〈此の面〉に来てからは〈エグザ〉を殺め続けた〈屠殺のエグザ〉。周りの人間は敵でこそあれ、味方など一人もいなかっただろう。
 晶は少し沈んでしまったこよりの頭を、ぽんと叩いた。
「今は、違うだろ?」
 俺がいる。それに。
「うん、やっぱりこより先輩に頼んで正解でした。噂に違わぬ実力者ですね!」
 真琴が、こよりの様子など気付かぬように明るく言う。というよりも、多分気付いていない。あまり空気を読むというのは得意ではなさそうだが、こういう時にはありがたい。
「私なんて、そんな。結局ほとんど何もしてないし」
「いえいえ。こより先輩の作戦が無ければ、きっと返依せませんでした」
「その作戦だって、真琴ちゃんの速さが無ければ成功してなかったよ」
 こよりですら追随出来なかった〈浸透者〉の動き。真琴がいなければ、あるいはあっさり逃げられていたかもしれない。
「そういえば、あいつ速かったよな。〈析眼〉で見ても三ステップくらい手前の動作から予測しないと受けられなかったよ。まあ、それでもギリギリだったけど」
 そう何気無く晶が言うと、真琴は何故か眼を丸くした。
「あ……晶先輩……アレを〈析眼〉の予測だけで受けたんですか?」
「ん? そうだけど? 普通じゃないのか?」
「というか普通は、三ステップ手前の動作なんて予測材料になりませんよ」
 感覚的には、風が吹いたのを見て桶屋が儲かることを予測するのに近い。当然、普通の〈析眼〉には無理な話だ。
「〈エグザ〉じゃないのにね、君は」
「そうですよー。ボクなんて、普通の〈浸透者〉ですら、予測出来ませんよー」
「……って真琴ちゃん!? 〈析眼〉はどうしたの〈析眼〉は!?」
「いやー、それがサッパリで……」
 あははー、と能天気に笑う真琴。今度はこよりが眼を丸く――というよりも、愕然とした表情で見ていた。
「どうもボクの〈析眼〉は、情報分析はあんまり得意じゃないらしくてですね、簡単な物体の組成程度しか見えません」
「じゃあの〈浸透者〉の動きに、反射神経だけで対応していたって言うの!?」
「あれ、変ですか?」
 こよりなど、〈析眼〉で予測した上で反応が付いていかなかった。予測が一切無いというのは、こよりにしてみれば〈析眼〉を閉じて戦うのと同じだ。――つまり、自殺行為なのである。
「君といい真琴ちゃんといい……何でこう極端なのかな……」
 百歩譲って、〈エグザ〉ではない晶はいいとして――真琴の戦い方は、そういう意味では〈エグザ〉のセオリーの真逆を突き進んでいることになる。
「そういえば、持ってる〈神器〉も珍しいよね」
「ああ、〈SHDB〉ですか?」
 真琴がこよりに答える。「絶対に折れない」とされる双剣、真琴が操る〈神器・SHDB〉。
「珍しいのか、あの〈神器〉」
「物も確かに珍しいんだけど……むしろ、使う人の方が珍しいかな」
 晶の問いにこよりが答え、その続きを真琴が引き継いだ。
「〈SHDB〉はかなり古い〈神器〉で……骨董品みたいな物なんですよ。さすがにそれだけ古いと、機能的にも時代遅れでして。実際、戦闘では何の役にも立たないんですよ、折れないっていうのは」
 なるほど、と晶は頷いた。〈神器〉にも色々あるようだ。
「小篠先輩の〈神器〉は〈アトラーバオ〉って言ったっけ。確か、矢を番えずに射ることの出来る弓だったよな」
「〈アトラーバオ〉? ……もしかして、〈急進の射手〉さんが持ってる、アレのことですか?」
 晶の言葉に、真琴が反応した。〈神器〉の名前だけで持ち主が判るものなのか、それとも零奈が有名なのか――いずれにせよ、真琴はこういうことに詳しいようだ。
「凄いですねー、〈急進の射手〉さんともお知り合いなんですかー!」
「知り合いっていうか……命狙われてるんだ、こよりが」
 こよりは俯いて黙っている。晶の答えに真琴は一瞬納得した顔を見せたが、すぐに首を傾げた。
「あれ、でも確か〈急進の射手〉さんって、〈執行者〉じゃありませんよ?」
 〈執行者〉ではない〈エグザ〉は、他の〈エグザ〉に手を出すことは出来ない。それは〈協会〉が定めたルールで、零奈にとっても例外ではないはずだ。
「そうまでしてこよりを狙う理由があるっていうのか……?」
「どうなんでしょうね。でも、こより先輩はこんなにいい人なのに」
 真琴は、俯いたままのこよりの元へとてとてと走っていき、下からその顔を見上げた。
「ボク、最初は〈屠殺のエグザ〉っていうくらいだから、どんなに怖い方なのかと思ってたんですよ。優しい人で良かったです」
 にっこりと笑う真琴。間近でそんな笑顔を見せられ、こよりは驚いて固まってしまっている。
「あ、じゃあボクはこのへんで。また何かあったら助けて下さいね、こより先輩。晶先輩も!」
「おう、またな」
 たっと駆け、その先で手を振る真琴に、晶は軽く手を挙げて応えた。
「……良かったな、こより」
「え?」
 こよりが、やっと硬直が解けたように顔を上げる。
「真琴みたいに言ってくれる〈エグザ〉もいるんだ。きっと何とかなる。――お前はもう、〈屠殺のエグザ〉なんかじゃないんだから」
 一陣の風が吹く。冷たいその風の中で、こよりは静かに笑った。

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