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屠殺のエグザ

第九章第二話:力 と 宣言

 そして始まった熾烈極まる戦闘は、足音と息遣いだけが木霊する静謐なものだった。ラーニンの持つ〈神器・断罪剣〉。刃が触れた対象を〈変成〉し、何でも切り裂く大剣は、戦う相手に受けることを許さない。攻撃をかわすしか選択肢の無い晶たちには、三対一という数的優位を差し引いてもなお反撃出来るだけの余裕は無かった。真琴の〈SHDB〉ならば、短時間なら耐えられる。しかしあの巨漢を相手にするには、十五の少女にパワー不足は否めない。
 ラーニ ンの、右下から左上へと薙ぎ上げる攻撃を後ろへ跳んでかわす晶。がら空きの背面に反撃を叩き込もうと踏み込むこよりだが、ラーニンはまるで後ろが見えてい るかのように、振り上げた大剣の遠心力を殺さず、そのまま身体を反転させてこよりへ向き直り、振り下ろした。ぎりぎりで踏みとどまったこよりの鼻先を剣先が掠め、こよりはバランスを崩し後ろへ転倒する。すかさず追撃を試みるラーニンに、真琴が上空から襲い掛かった。完全に不意打ちの一手、しかしラーニンは それすらも予見していたかのような動作で、こよりへ向けた突き込みの一撃を、真琴に対する迎撃に切り替え振り上げる。空中にいる真琴にはかわす手段は存在せず、受けるしかない。刃と刃が触れ合った瞬間発生する高周波。真琴が、ラーニンの大剣に弾き飛ばされる。ラーニンは振り上げた剣を、そのまま自身の背面にいる晶へと横薙ぎに振るった。生じたと思った隙に踏み込もうとした晶への牽制として、それは十分すぎる。晶が躊躇した一瞬の隙に、ラーニンはバックステップで三人との距離を取った。それは同時に、三人を全て自分の視界内に収めたことも意味する。
「くっそ、やりにくいな、あいつ」
 相手の攻撃を受け止めることさえ出来たなら、また違った手段も取れる。晶やこよりがラーニンの攻撃を受け、動きを止めている間は確実に攻撃を当てられるが、近づけない以上、暴れまわられたらこちらには手の打ちようが無い。
「さすがに手馴れてますね。〈協会〉でも五指に入る〈執行者〉という評価は、伊達ではないようです」
「二人とも……」
 こよりが、言いづらそうに口を開く。
「〈血の裁決〉の狙いは私だから……だから、二人は手を出さなければ大丈夫だよ」
「その通りだ」
 二メートルほどの大剣を軽々と右手一本で構え、ラーニンが言った。
「リストにあるのは、〈屠殺のエグザ〉、お前の名前だけだ。〈析眼の徒人〉も……名は知らぬが、〈エグザ〉の少女も、邪魔さえしなければ手は出さない。だが、もしも妨げになるのなら――容赦はしない」
 その声に、一切の躊躇いは無い。そして、その言葉にも恐らく嘘は無い。言外に滲ませた「だから邪魔をするな」という雰囲気が、それを何よりも物語っている。
「悪いな」
 でも、だからと言って。
「俺は守るって決めたんだ、こよりを。……こよりを、もう〈屠殺のエグザ〉にしたくないから」
「失礼極まりないですね、名も知らぬ〈エグザ〉だなんて。ボクには〈疾風の双剣士〉っていう、立派な二つ名があるというのに」
「……いや、知らん」
「うう……ボクってもしかして、とってもとっても無名ですか……?」
「……真琴ちゃんの二つ名って、自称だったんだ……」
「ひ、ひどいですよこより先輩!」
 涙眼で抗議する真琴。その様子を見て、こよりがクスリと笑った。
「ごめんね、二人とも。弱気はダメ、だよね」
 晶が、そして真琴が頷く。信じよう、二人を。自分はもう〈屠殺のエグザ〉じゃないと言ってくれた晶を、友人として接してくれる真琴を。
 勝ちに行こう。二人と一緒なら、きっと強くなれる。
「私は、もう〈屠殺のエグザ〉じゃない。もう、誰も殺さない。……だよね?」
 だから、今、解き放とう。
「お前がそれを望んだんだからな、こより」
「そういうの、こより先輩には似合わないですよ」
 隠し続けてきた、力を!

「私の呼びかけに応え、〈絶対領域〉より来たれ、〈神器〉! 〈対置〉!」

 掲げた右腕が眩く光る。〈対置〉の閃光が収束した時、こよりの右手には、一振りの剣が――金色の剣が、握られていた。
「〈神……器〉? こより……の……?」
 今まで一度として使わなかった、こよりの〈神器〉。それは黄金に輝き、漆黒の刀身に赤い紋章が奔る片手持ちの剣だった。
(見ただけで分かる……この〈神器〉は……何かが違う……?)
 こよりが持つ〈神器〉は、今までに見たそれとは明らかに設計思想が異なっていた。厳密に言えば〈神器〉それぞれには特有の癖のようなものが〈対置回路〉に見られたのだが、この〈神器〉が持つ〈対置回路〉は、そもそもが根本から違うように感じる。
「ようやく……出会えた……」
 その呟きを漏らしたのは、ラーニンだった。その顔には、憎しみと、怒りと、悲しみと……ありとあらゆる感情が、色濃く滲んでいる。
「その〈神器〉、見紛うはずもない。お前の情報を聞いたときから、まさかと思っていたが……こんなところで、サラを殺した〈神器〉と出会えるとはな!」
 サラを殺した〈神器〉? 晶はこよりの顔を窺うが、その表情は動かない。
「教えてもらおうか、〈屠殺のエグザ〉。何故お前がそれを持っている。お前はあの男と……〈孤高のエグザキラー〉と、どういう関係だ!」
 激昂し叫ぶラーニンをよそに、こよりは静かに口を開く。
「二人とも、武器を出して。〈神器〉に当てるから」
「ど……どういうことだ?」
 戸惑う晶に、こよりはその名を口にした。
「この剣は〈神器・エグザキラー〉。〈グラックの五大神器〉のひとつ、刃が触れた対象への〈対置〉効果全てを三十分間無効化する〈神器〉よ。これなら、〈断罪剣〉の効果を受けずに戦える」
 〈エグザキラー〉――〈対置能力者殺し〉。なるほど、こよりが今まで出さなかった、いや、出せなかったわけだ。こよりにとってこの〈神器〉はきっと――消したい過去の、象徴だったのだから。
「……そんな便利なモンがあるなら、さっさと出せよ。危うく死ぬところだったぞ、俺」
 言葉とは裏腹に、晶の顔には笑みが浮かんでいる。これでやっと……少しは、信じてくれた、ということになるのだろうか。
「ご……五大神器の一つが……こ……ここに……」
「あー……真琴は完璧にアレだな。あとで触らせてやれよ、気絶するかもしれんぞ」
 これで、〈断罪剣〉の優位性は完全に崩れ去った。
「さて、これでじっくり戦えるな」
 数の優位は変わらない。打ち合えるのなら、こちらに勝機はある。
「確かに〈エグザキラー〉は強力な〈神器〉だ。〈変成〉持ちの〈析眼〉を含めた三人と戦うのは、さすがに無理だな。しかし……それでも、私はやらねばならぬことがある。〈屠殺のエグザ〉、お前を倒し、真実を聞き出させてもらうぞ!」
 ラーニンの宣言が深夜の空気を震わせた。対峙する四人、それぞれがそれぞれの武器を構え、張り詰めた緊張に神経を研ぎ澄ませる。
「それは残念だったな。俺がこよりを、やらせると思うか?」
「ボクの名前を知らなかったなんて許せません。仮にも〈協会〉に属する〈エグザ〉が!」
「私は……」
 黄金に輝く剣を手に、こよりが一歩踏み出した。
「私は、もう〈屠殺のエグザ〉じゃない。それを望んだ人がいるから、それを望んだ私がいるから。だから……私は、私を殺さない。もう、誰も殺さない! 倉科こよりは、〈神器〉に賭けてそれを誓う!」

 三者三様の宣言、戦闘は、再開された。

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