屠殺のエグザ
エピローグ:〈析眼〉 と 隻眼
〈協会〉にとっては未曾有の危機であった一連の事件から一年が経った。
多くの経験豊富な〈対置能力者〉を失った結果、相対的に真琴は上位の〈エグザ〉となったわけだが、本人の弛まぬ努力により、実力も相応のものを彼女は身につけている。
それでも、未だに〈SHDB〉を使い続けているのは、真琴なりのこだわりなのだろう。彼女にとっての、目指すべき〈エグザ〉の姿は、こよりなのだ。
「ようやく片付きましたかねー。思ったより手間取りました。まだまだです」
〈SHDB〉を仕舞いながら、しかし大して苦労した風でもなく、真琴は言った。〈エグザ〉が相手ならともかく、ただの〈浸透者〉では相手にもならない。それだけの経験を、今の真琴は積んでいる。
「さて、報告報告。向こうは上手くやってるかなー?」
携帯を取り出し、キーを叩く。一昨日、機種変更したばかりの、下ろしたてだ。
◇
「そうか。ご苦労だった。……いや、まだあの二人からは連絡がないな……うむ、では帰投してくれ」
「〈疾風の〉?」
電話を切ったラーニンに、零奈が尋ねた。二人の周りには、倒れた〈エグザ〉が散らばっている。
「ああ、今終わったらしい。まあ彼女の実力なら容易い任務だ。この一年で随分腕も上げたしな」
「そうね。こちらも丁度片付いたところだし、このままあの二人と合流しましょう」
手に持っていた〈アトラーバオ〉を〈対置〉した零奈に倣い、ラーニンも〈断罪剣〉を片付ける。あとは、〈協会〉の担当が後始末をするだろう。
「済まないな、零奈。このような任務に」
「貴方が手間取るような相手だもの、他に誰が出来るっていうの?」
一年前は二人ともピンで動くことがほとんどだったが、今はコンビで動くことが多くなった。真琴はそのサポートといったところだ。
そして。
「しかし、毎度あの二人には面倒を押し付ける」
「仕方ないわよ。〈協会〉に属していると出来ないことも多いし。それにあの二人よりも強い人なんて、どこにもいないんだから」
それもそうだが、と渋い顔をするラーニンの顔を覗き込む零奈。
「負い目?」
「いや。だが、結局は〈協会〉の小間使いだ。彼らはもっと自由に生きたいだろうが……」
「でも、だからこそ〈協会〉が二人に手を出さない不文律が成り立っているとも言えるわ。まだ二人の、特にあの娘の立場は危ういままだもの」
それで安全が担保されるなら安いものでしょ、と零奈は達観している。
「君は変わったな」
「貴方もね」
以前のラーニンなら、他人の心配などしなかっただろう。
以前の零奈なら、「彼」に対してもっと過保護だっただろう。
一年が経った。
色々なものを、変えながら。
◇
決して、遅くはない。
いや、むしろ他の〈エグザ〉に比べれば速い方だろう。その踏み込みと太刀筋が、あっさり見切られた。
〈エグザ〉ではない、徒人に。
プライドはズタズタだ。殺す、その一念が脳内を埋め尽くす。
「やめとけ、抵抗しなければ、殺しはしない」
面倒臭そうに、徒人が言う。その舐めた言い草が余計に苛立たせる。
「仕方ないな」
呟いた声は聞こえなかった。だが、唇の動きでしっかりと読み取れる。〈エグザ〉であれば、この程度のこと――。
必殺の一閃、それは無造作に振られた一振りに弾かれた。武器が手からもぎ取られそうになるのを、必死に堪える。
偶然だ。次の一撃を構える。しかし。
「ダメだ。もうその〈神器〉は使えないぞ」
いつの間にか徒人の手にある、黄金の両手剣。見たことはないが、聞いたことはある。恐らくは、〈エグザ〉であれば子供でも知っている、どのような〈神器〉でも殺す、天敵の〈神器〉。
――〈神器封殺〉。
「ま、まさかお前は……」
渇いた声が、男の口から漏れる。その時、男の後ろから女性の声がした。
「こっちは終わったわ。あとはその人だけ?」
振り返る。そこには、桜色のコートに身を包んだ、サイドポニーの〈エグザ〉の姿。手には、やはり黄金の〈神器〉。
「やっぱりそうか……〈析眼の徒人〉と……〈隻眼のエグザ〉!」
一年前の事件で片眼を失ったと聞いていたが、仲間が皆、彼女一人にやられたというのなら……。
「その通り。その上でもう一度訊くけど、どうする? 大人しく投降するか、それともここで死ぬか」
徒人が一歩、歩み寄る。最早、選択の余地はない。
◇
選択の余地がないのは、あるいは自分たちも同じなのかもしれない。だが、それでも、それを背負っていくと決めた。当初は騒がしかった〈協会〉の連中も、最近は大人しい。地道な活動の成果と、仲間たちの後押しのお陰だ。
こよりは、よく笑うようになった。それに、よく泣くようになった。
宗一はどうだろうか。
時間の存在しない場所で、今もあの時のまま、〈此の面〉と〈彼の面〉の境界にいるのだろうか。
こよりの眼と、共に。
「さて――」
問題は山積みだ。
世界に平和なんて、訪れちゃいない。
「――行くか!」
だから、戦うのだ。
これまでも、これからも。
「うん。行こう、晶」
手を繋ぎ、こよりが笑う。
こちら側の世界、〈此の面〉。
それは、少女の寄る辺となった。
了