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屠殺のエグザ

第十一章第九話:〈神器封殺〉 と 〈対置封殺〉

「間一髪、でしたね」
「あれは一体、何なんだ?」
 レイスが〈陽炎魔鎌〉と〈対置〉した〈神器〉。巨大な、そして珍妙な装飾の施された大剣がどういった能力を持っているのか、晶はまだ知らない。
「名前を聞けば分かると思います」
 レイスが、ゆっくりと体を起こす。真琴の攻撃はガードされた。レイスに与えることが出来たダメージは、せいぜい取り損ねた受身によるものくらいだろう。
 持ち上げられた右手に握られた〈神器〉。その名は。
「……〈神器封殺(アーティファクトキラー)〉」
「まさか……」
「そのまさかです。あれは……あの〈神器〉は、刃に触れた全ての〈神器〉を対象に、その能力を一定時間封じます」
 晶の背筋が寒くなる。もしあの時、真琴の制止が届かなかったら。考えただけでぞっとする。晶は、ほとんど唯一と言っていい武装面でのアドバンテージを失うところだったのだ。
「……〈エグザキラー〉にとっては、天敵のような〈神器〉ね」
「当然です。〈神器封殺〉は、〈対置封殺(エグザキラー)〉のアンチテーゼとして作られたんですから」
 〈エグザ〉の天敵とすら称されるほど強力な能力を持つ〈エグザキラー〉。だが〈神器封殺〉は、これと打ち合うだけでその機能を止められる。〈神器〉が絶対の力を持たないための保険だったのかもしれないが、今この時ばかりは、それが敵の手元にあることが恨めしい。
 そして、当のレイスは、品定めをするように三人を見ている。状況は三対一となり、レイスにとって圧倒的な不利になったはずだが、レイスには焦燥も動揺も、ましてや気負いなど感じられない。気持ち悪いほどの、自然体。
「倒せるかな」
「倒さないわけにいかないだろ。けど、参ったな」
 話を聞いて、改めてどう攻めたものか、まだこれといって妙案はない。今はこよりが〈エグザキラー〉を、晶が普通の片手剣を持っている。
「真琴、〈神器〉は?」
「自分で言うのも何ですけど、〈SHDB〉は滅多に役に立ちません。ましてや……」
 両手でそれぞれ片方ずつ、柄をつまんでプラプラと揺らしてみせる。
「今はただの双剣です。さっき〈四宝を享受せし者〉を攻撃したとき、両方とも〈神器封殺〉で受け止められちゃいました」
 役に立ちませんね、と言って、真琴が〈SHDB〉を〈対置〉する。換わりに手にしたのは何本も束ねたナイフ。なるほど、投擲なら後方からの援護が期待できる。当たるかどうかは相手がレイスでは怪しいが、注意を逸らすくらいはできるだろう。
 どちらにせよ、と真琴が続けた。
「〈四宝を享受せし者〉は情報が少なすぎます。言い方は悪いですが、当たって砕けるしか」
 だな、と頷いた晶に、こよりも相槌を打つ。ここでレイスを退けなければ、間違いなく三人とも殺されるだろう。猶予も選択肢も、残されてなどいないのだ。
「こより、お前は討つな」
 柄を強く握り締めながら、晶はまっすぐにこよりを見る。
「俺がやる。俺が負う。だから」
 最後まで続けず、

 晶は、駆けた。

 レイスの反応は迅速。目標はこよりが持っている。その前を走る晶になど、用はない。
 一瞬でトップスピードに達したレイスと晶の相対速度は、既に人間が、いや〈エグザ〉が反応できる域を超えている。レイスはただ、晶をやり過ごせばそれでいい。この状況下では、足止めをしなければならない晶の方が分が悪いのだ。恐らくは確信を持って、レイスは晶の脇を通り抜ける。いくら抜群の〈析眼〉を持っていても、晶ではその速度に反応できない。
 レイスの目前にナイフが迫る。真琴が放った幾本ものそれは、駆ける晶以上の速度でレイスに向かってきた。ましてやレイスにとって、自身の疾駆に等しい速度が上乗せされた相対速度でそれを受けねばならない。必然、足は止まる。
 あるいはと期待した真琴だったが、それでもレイスは足を止めなかった。最初に到達する一本、それを無造作に掴んだのだ。
 投げた真琴、そしてこよりが唖然とする暇もなく、レイスは掴んだナイフを器用に手の中で反転させると、次々と迫るナイフを淡々と弾き落とす。言うまでもなく、全力疾走のままで。
 一瞬の応酬、真琴の足止めはもはや有効ではなくなった。投げるナイフとナイフの間に、レイスの反撃が挟まれる。受け止められたナイフを、レイスが投げ返したのだ。
 生じる空白、だが誰よりも速い反応速度を誇る真琴には、その程度の反撃など温い。思考の間隙を突くつもりだろうが、たかが一本のナイフで何を。
 顔を傾けつつ、ナイフをかわす。同時にけん制のナイフを投げることも忘れない。
 今度こそレイスは、そのナイフを回避した。だが、同時に――持っていないはずのナイフを、投げる。
 あり得ない反撃に真琴の思考が停止し、その隙に懐へ潜り込まれた。〈神器封殺〉を振るうには近すぎるその間合い、だが彼の手には、二度投げたはずのナイフが、まだ握られている。
 ――殺される。
 命の危険に直面しながら、真琴はどこか冷静に、その事実を認識していた。
「させると思うか!」
 鋭い叫び、レイスは真琴の首を狩る寸前でナイフを止め、右手に握った〈神器封殺〉を、自らの背後に構える。響く剣戟。
 たとえすれ違う速度に追いつけなくても、読めてさえいれば手は打てる。すれ違うことを前提とした、反転と追撃。前は真琴がフォローしてくれる、なら後ろは――。
 レイスと晶が、互いの剣を境に睨み合う。そう簡単に、こよりまで手を伸ばさせてたまるか。
 晶が引く。正面同士の今、下手な小細工など通用しない。対〈神器〉戦を前提としたレイスの武装は、少なくともただの武器しか持たない晶にとっては考慮する必要がなかった。ならばいっそ、正面からを。
 僅かに離した間合いから、一気に懐へ。レイスはナイフを持っているが、接近戦で邪魔にならないほど〈神器封殺〉は小さくない。右手が〈神器〉で塞がっている以上、反撃のパターンは絞られる。
 予想と違わず、レイスは〈神器封殺〉を手放すことも、別の武器と〈対置〉することもなかった。彼の反撃は唯一、ナイフによるもののみ。そこに唯一の勝機をぶつける。
 一閃、迫るナイフ。晶はその軌跡を完全に読み取った。右手に握っていた剣を、手放す。
 ――俺の武器は、この眼だ。
 空いた右手で払うのは、ナイフを持った左手ではなく、ナイフそのもの。
 ――これがお前の、本質か……!
 開いた右眼が睨むのは、レイスが握り、今この一瞬、晶の手が触れているナイフ。その本質が、晶の〈析眼〉で書き換えられる。
 武器として成り立たない、ゴムのような軟質の素材。それが、晶のイメージした新たな本質。
 それはもう、武器ではなくなっていた。
 懐に潜り込まれ、〈神器封殺〉は使えず、ナイフはゴムになり、両手は塞がっている。レイスにはもはや、防ぐ手段など残されていなかった。
 晶は、掌底を打ち込むように、左手をレイスに突き出す。
 これで終わりだ。触れれば、晶の右眼はレイスを――生物ではないものに〈変成〉するだろう。それは言うまでもなく、レイスを殺すことに他ならない。
 だが、晶に躊躇はなかった。躊躇する余裕など、とうになかったのだ。
 状況も、相手も、自分も、環境も、精神も、信念も、願望も、後悔も、懸念も、何もかもが、そんなものを許してはくれなかった。
 こよりの苦しみを共に負うのが、こんな単純なことだとは思わない。
 だが、それでもこよりが、新たな重石を背負うことだけは、許せないのだ。
 ――だから、俺が……こいつを、殺す。
 殺意ですらない、歪んだ決意を湛えた視線で、レイスを射る。この手が触れれば、レイスは死ぬ。

 そして、晶の手が、空を切った。

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